20. 白戸式37型 大正10年(1921年)

白戸式、白戸さんて誰?きっとすごい人には違いない・・・。(2026.6.13)

何だかアニメに出てきそうなフォルムです。(2026.6.13)


民間航空パイロット第一号が白戸栄之助、東京-盛岡間の往復郵便飛行大会に参加するために東京帝国大学(現、東京大学)工学部出身の原愛次郎に依頼して完成したのが白戸式37型。当時、航空機の発展と国民への認知を高めるために懸賞金をかけて、長距離飛行の競技会が開かれたそうです。(2026.6.13)
21. ハンザ式水上偵察機 大正11年(1922年)

第一次世界大戦後、敗戦国からは多くの戦利品として日本に持ち込まれた物資があり、ハンザ式水上偵察機もドイツからやってきたそうです。(2026.6.13)

当時としては珍しい単葉機(2026.6.13)

水平尾翼の下に垂直尾翼がある、ちょっと変わった構造。(2026.6.13)

22. 川西Kー6型春風号水上輸送機 大正12年(1922年)

日本で初めて日本一周した川西K-6型「春風」号、当時の日本は、大正11(1922)年から民間の定期航空便が飛ぶようになり、民間の航空機が広がり始めた時期だった。(2026.6.13)


「春風」号と命名したのは、皇族であり海軍航空隊の軍人でもあった山階宮武彦王であり、「空の宮様」と呼ばれていた。(命名式典の9ヶ月前の関東大震災が発生)(2026.6.13)


自動車レースやバイクのレースだと完走だけど、航空機の場合「完翔」って言うんだ、初めて知りました。(2026.6.13)
23. ニューポール29C1(甲式4型)戦闘機 大正12年(1923年)

フランスのニューポール社の開発した戦闘機を110機購入、その後、中島飛行機がライセンス生産権を獲得し、日本陸軍向けに生産したのがニューポール29C1(甲式4型)戦闘機で、608機が製造されたそうです。(2026.6.13)

エンジンは三菱がライセンス生産したイスパノ・スイザ、上下の翼を支える支柱の下部に「29」の数字が見えますが、写真を拡大して初めて気づきました(こんな細かい所まで作っているなんて)(2026.6.13)



甲はニューポール社(フランス)、乙式はサルムソン社(フランス)、丙式はスパッド社(イギリス)を表すとか。(2026.6.13)
24. 13式艦上攻撃機 大正13年(1924年)

大正13年、日本で初めて本格的な艦上攻撃機として正式採用された。(2026.6.13)


機体の下にあるのは爆弾?木製のプロペラも本物みたいな艶が再現されてる。(2026.6.13)

海軍初の攻撃機、当時の戦闘ってどんな感じだったのか・・・。(2026.6.13)
25. 川西Kー7A型水上輸送機 大正13年(1924年)

現在飛んでいても違和感無いくらいの完成度(2026.6.13)

専門的な事は判りませんが、空力的なのかエンジンのパワーアップなのか、今迄に比べて主翼などがずいぶんコンパクトになってきました。(2026.6.13)


この機種も垂直尾翼が水平尾翼の下に設置されてます。(2026.6.13)

「民間自主開発時代の飛行機としては、わが国航空界を通じての最高傑作機である」と最高の賛辞を送られてます。(2026.6.13)
26. ブレゲー19 偵察・長距離機 大正14年(1925年)

ブレゲー初めて聞く航空機メーカーです。時計のブレゲとは違う?

ちょっとずんぐりむっくりした胴体は、ジュラルミンの骨組みで、操縦席の前半はジュラルミン板張り、後半は羽布張り(骨組みに布を張り、塗料などで固める工法)なんだって。(2026.6.13)

よく見ると、操縦席の背もたれ部分は軽量化の肉抜き(丸い穴)と思われる部分まで再現してあります。
操縦席から前方の視界が狭そうですが、問題は無いのかと思ったら、実は陸軍、海軍とも視界が悪い事が理由の一つで不採用になっているそうです。(2026.6.13)

大正14年(1925年)朝日新聞の初風、東風の2機は東京、九州、満州を経てモスクワに到着、そしてベルリン、パリに到着、ロンドン、ローマまで行きマルセーユ港から船便で帰国したそうです、当時としては快挙だった。(2026.6.13)
27. 14式水上偵察機 E1Y1~3 大正14年(1925年)


ちょっと気になる小さなプロペラがついた物体は何?何かの計測器?風速計?(2026.6.13)

ノトロってどんな意味?(2026.6.13)

自分の尾翼を撃ってしまうこと無いのでしょうか、それとも撃てないようになってる?(2026.6.13)


航続力:1160km ずいぶん遠くまで飛べるようになって来ました。(2026.6.13)
28. 15式飛行艇 H1H1~3 大正15年(1926年)

まさに飛行艇のフォルム、現物を見ることは出来ませんが、精巧に復元された模型で、その迫力は充分伝わります。(2026.6.13)

随分大きな機体になってきました、先ほどまで見ていた隣の14式水上偵察機が小さく見えます。
全て25分の一に統一されているので比較しやすい。

かっこいい、こんな飛行艇が日本にあったなんて・・・あっちこっちから見てしまう。

エンジンをもっと近くで見れたら、いったいどこまで再現してあるのでしょうか。

どこまで作ってあるのでしょう、きっと見えないところまで再現してるはず。
天井の照明が入ってしまいました、フィルターを付けてもガラスの反射、照明など防げず、どこから撮ったら良いのか悩みます。(2026.6.13)

梯子だって、機体を支える土台なども、手を抜くことなく雰囲気までも再現されてます。(2026.6.13)

もう少しピントがあってれば・・・残念。でも拡大してこれだけ見えるから、どこまで細かく作ってるの。(2026.6.13)

ガラスの反射は強敵です、どこから撮ってもどこかに写ってしまう。(2026.6.13)

広島の広町に「呉海軍工廠広支廠」ができて、それが「広海軍工廠」になった。
日本で初めて「航空機部」「機関研究部」が設置された海軍工廠で航空機開発・製造の一大拠点だった。
Fー5飛行艇の後継機なので、よく似てるが性能は大幅にアップし、4000kmの長距離飛行に成功するなんて、短期間に凄く発展している。(2026.6.13)
29. ドルニエ ワール飛行艇 大正13年(1924年)

大型の飛行艇が並びます、ドイツの航空機メーカーの開発した飛行艇で、ワールとはクジラの事だとか、まさに空飛ぶクジラだ。(2026.6.13)

やっと全金属製のボディになった航空機が出てきました、やっぱり木製の飛行機って現代ではちょっとね~安心できない。(2026.6.13)

それにしてもでっかいプロペラだ、これが最上部に2機、前のプロペラは牽引し、後部のプロペラは推進の役目があるとか。前後でプロペラの枚数にも違いがある。(前は4枚、後部は2枚)(2026.6.13)


ドルニエ ワール飛行艇で特徴的なのが、翼上にエンジンを2機設置し、それぞれのプロペラで飛行するスタイル。こんな飛行艇初めて見ました。そして主翼に上にフラップみたいな小さな補助翼?がついている。

ところどころに、ちびっこにもわかりやすい説明があります。(2026.6.13)

こんな飛行艇があったなんて、来てよかった、まだまだ知らない世界がたくさんあります。
あいち航空ミュージアム ⑩ 名機百選 30~39 へ続く
