- ジャガー Eタイプ ロードスター Jaguar E-Type Roadster(1965)
- ポルシェ 911 2.0 クーペ Porsche 911 2.0 Coupe(1967)
- ホンダ シビック CVCC 1200GL 3ドア Honda Civic CVCC 1200GL 3-Door(1975)
- 世界を救ったホンダの技術
- 三菱 コルト ギャラン GTO-MR A53C型
- 三菱 コルト ギャラン GTO-MR A53C型 Mitsubishi Colt Galant GTO-MR Model A53C(1971)
- アルファ ロメオ GT1300 ジュニア Alfa Romeo GT1300 Junior(1968)
- フェラーリ 512BB Ferrari 512BB(1979)
- いすゞ 117クーペ PA90型 Isuzu 117 Coupe Model PA90(1970)
- スバル レオーネ エステートバン 4WD SUBARU Leone Estate Van(1972)
- アウディ クワトロ Audi Quattro(1981)
- トヨタ ハイラックス サーフ YN61型 Toyota Hilux Surf Model YN61V(1987)
- 大衆車の時代
- ルノー 5 Renault 5(1979)
- フォルクスワーゲン ゴルフ Volkswagen Golf(1979)
- マツダ ファミリア BD型 Mazda Familia Model BD(1984)
ジャガー Eタイプ ロードスター Jaguar E-Type Roadster(1965)
ジャガーと言えばイギリスの高級車。お金持ちが乗るスポーツカーのイメージしかありません。(2019.4.19 撮影)
こんなふうに見ると、ちょっとナマズちゃんに似てるかも。(ジャガーファンに怒られそう)(2019.4.19 撮影)
このロングノーズのプロポーションがジャガーって感じ、運転席から見たらボンネットの先端がどこにあるのか見えない(乗ったことないので判りませんが)、ジャガーってゆっくり走っても、止まっていてもカッコよく見える(2019.4.19 撮影)
長いボンネットの中には水冷直列6気筒DOHCが収まり、最高速240kmをたたき出す。(2019.4.19 撮影)
最初はサイドカーの製造を行う「スワローサイドカンパニー」から、「SSカーズ」になり、戦後「ジャガーカーズ」になった。
現在「ジャガー」と言えば誰でも知ってる高級車メーカーですよね。(2019.4.19 撮影)
ポルシェ 911 2.0 クーペ Porsche 911 2.0 Coupe(1967)
シルエットを見ただけでポルシェと判ります、昔から基本的にデザインが変わっていない。この後どんどん進化してくが、原型が今も強く残るクルマはポルシェくらいじゃない・・・(2024.8.18 撮影)
どこから見てもポルシェ、間違える人いる?(2024.8.18 撮影)
ポルシェ356の後継車として開発され、最高出力130PS、2.0リッターの空冷水平対向6気筒エンジンをリアに積み込むRRの代表のような車。もう永遠のスポーツカー。(2024.8.18 撮影)
フェルディナント・ポルシェ博士の設計したポルシェは、基本を踏襲しながら現在も進化し、長い歴史を刻む車となり、世界中から愛されている。(2024.8.18 撮影)
ホンダ シビック CVCC 1200GL 3ドア Honda Civic CVCC 1200GL 3-Door(1975)
ホンダを代表する車の1台がシビック、当時世界的に大ヒット。
ホンダを救っただけでなく、現在の自動車産業を救った救世主のようなクルマがシビックなのだ。(2024.8.18 撮影)
無駄を省き、すっきりしたシンプルなフォルムで、2ボックスのお手本となる様なデザイン。(2024.8.18 撮影)
それまで車と言えばセダンみたいな、イメージを変えたのがシビックだったかも。(2024.8.18 撮影)
世界を救ったホンダの技術
1960年代になると大気汚染による公害が問題になってきた、そして1970年になると排気ガスの有害物質を従来の10分の1に減らす「マスキー法」が制定された。
アメリカを始め各メーカーは不可能だと制定自体に反対した。
マスキー法を世界で初めてクリアしたのが、ホンダが独自に開発した「CVCC」エンジンだった。(トヨタでさえ、どうしてもクリアできなかった)。
ホンダが凄いのは、その技術を他のメーカーに公開したことだった。(トヨタが最初にホンダに技術供与を申し入れ、その後、フォード、クライスラー、いすゞなど他社が続いた)
ホンダの「CVCC」があったから、現在の自動車産業が続いていると言っても過言ではない(かもしれない・・・)当時はそれくらい凄い技術で、シビックは排気ガスの規制と燃費を両立した自動車だった。(2024.8.18 撮影)
本田宗一郎は研究段階で、ある程度目途がついた時点で記者発表することを決定したとか、完成してないのに決めてしまうところが普通じゃない。(開発部門にとっては凄いプレッシャーです)
表彰状に「歴史に残る名車である」と書いてあります、ホンダの技術があって世界中の自動車メーカーが救われました、今ではそんなこと知らずに運転してる人の方が多いが、そのことを忘れちゃいけない(ホンダ偉い・・・)(2024.8.18 撮影)
三菱 コルト ギャラン GTO-MR A53C型
昭和のクルマが並びます。この辺りの時代になると、実際に見たことがある車が多くなってきます。
三菱 コルト ギャラン GTO-MR A53C型 Mitsubishi Colt Galant GTO-MR Model A53C(1971)
三菱のコルト・ギャランGTO。コルトって何?GTOは(グレートティチャー鬼塚じゃなく、イタリア語のGran Turismo Omologatoの頭文字から)(2019.4.19 撮影)
トランクリッド後端がスポイラー状になっていて、ヒップアップクーペと言われた。
このリア周りだけ見て、カッコイイと思ってました(2019.4.19 撮影)
三菱初のDOHCエンジンだったんだ。GTOって付くだけで速そうなイメージだった。(2019.4.19 撮影)
アルファ ロメオ GT1300 ジュニア Alfa Romeo GT1300 Junior(1968)
このアルファロメオの見どころは、通称段付き、スカリーノと呼ばれる、ボンネットフードに付いた段差部分。
確かに、こんなデザインのクルマ見たことない。(スカリーノって言うんだ、すぐに忘れそうだ・・・)(2019.4.19 撮影)
アルファのエンブレムの意味覚えてる?スカリーノは今でも人気があるらしい。(2019.4.19 撮影)
フェラーリ 512BB Ferrari 512BB(1979)
トヨタ博物館にはフェラーリだってあります。512BBは5リッター、12気筒エンジンを表し、BBはベルリネッタ・ボクサーの略で、ベルリネッタはイタリア語でクーペ、ボクサーは水平対向エンジンの意味と言われてますが、512のエンジンは180度V型12気筒でボクサーではない。
実はフェラーリの開発をしていたチームが、車をBB(ブリジット・バルドー・映画女優)と呼んでいたが、公式発表で女性の名前を付ける訳ににいかず、ボクサーエンジンから取った、となった説があります、ほんとかな。(2019.4.19 撮影)
ホントはブリジット・バルドーだったのに。(2019.4.19 撮影)
セクシーでグラマラスなボディラインがブリジット・バルドーだった。
開発チームがBBと呼ぶのも、わかる気がする(2019.4.19 撮影)。
512BBのワイパーこんな風だったんだ、気が付かんかった、もしかしてカウンタックと同じ?(2019.4.19 撮影)
12気筒エンジン、どんなサウンドで走る・・・めちゃ贅沢な車だな、二人しか乗れないのに・・・。(2019.4.19 撮影)
なんだかブリジット・バルドーの方が気になってきた・・・。(2019.4.19 撮影)
いすゞ 117クーペ PA90型 Isuzu 117 Coupe Model PA90(1970)
開発コード番号をそのまま車名にした、117クーペ(やっと謎が解けた、117って何だろうって思ってた)
イタリアのジウジアーロのデザイン、日本にもこんなデザインのクルマが生まれました。(2019.4.19 撮影)
同じジウジアーロがデザインした、フィアットのディーノクーペは117クーペにそっくり。(2019.4.19 撮影)
中国語で書くと「いすゞ」は五十鈴なんだ、どこ見てるん。(2019.4.19 撮影)
スバル レオーネ エステートバン 4WD SUBARU Leone Estate Van(1972)
日本の乗用車型4WDの元祖ともいうべき車が、スバルのレオーネ。
水平対向エンジンと4WDと言えばスバルですよね、そのイメージは現在もスバル全車に引き継がれている。(2019.4.19 撮影)
東北電力から、送電線の保守作業用のクルマを作ってくれないか、と依頼を受け宮城スバルが制作したのが始まりだった。
10カ月後に完成した車は悪路走破性に優れており、完成度も高かった。本社に持ち込まれ本格的に開発され、その後の活躍は誰もが知るところ。(2019.4.19 撮影)
それまでのジープなどに代表されるオフロード型の4WDのイメージと違う、乗用車型の4WDの基礎となったのがレオーネ。
やがて世代交代を経てレガシーなどに引き継がれる。(2019.4.19 撮影)
スキーに行く時や、雪道での走行はスバルなら安心できると、海外でも大人気。
現在は4WDの車種が増えましたが、昔は雪道=スバルみたいなイメージでした。(自分だけかな・・・)(2019.4.19 撮影)
アウディ クワトロ Audi Quattro(1981)
4WDが雪道や悪路に強いイメージを決定的にしたのが、アウディクワトロのような気がする。(2024.8.18 撮影)
アウディ・クワトロが世界の度肝を抜いたのが、スキーのジャンプ台を上まで上り詰めるコマーシャルだった。
でも、最近アウディのCMのメイキング映像を見たら、ワイヤーが見える・・・
もしかして、何十年も騙されてた?信じてたのに・・・誇大広告じゃん。(2019.4.19 撮影)
でも、よく調べるとそうではなかった。
広告会社が企画を持ち込んだ時、さすがのアウディも無理だと言ってたらしい。
ドライバーを引き受けたハラルド・デムートはアウディなら出来ると返答した。
現場でジャンプ台を見た瞬間世界一の大馬鹿者だと悟ったが、出来ると返答してしまった。
そしてデムートも3~4回挑戦したとき、これは無理だと思ったらしい。
難しいのは車を止める事だった、そのため途中で停止したクワトロが滑り落ちないようにワイヤーを取り付け、合計13回チャレンジして成功したとか。
ワイヤーは車が滑り落ちないように取り付けられていたので、嘘では無かったことが判明した。良かったよホントのことが判って、やっぱアウディ・クワトロ凄いクルマだったよ・・・。(2024.8.18 撮影)
ラリーで強烈な印象を残し、CMでもすごいインパクトを与えた。
その後4WDが特殊な車ではなく、一般の運転状況でも有効であることを証明したような気がする。(2024.8.18 撮影)
トヨタ ハイラックス サーフ YN61型 Toyota Hilux Surf Model YN61V(1987)
1990年代前後のバブル期のレジャーブームに大ヒットした4WDがハイラックスサーフでした。(2019.4.19 撮影)
SUVブームともいえる時期には、ハイラックスのほかに日産テラノ、三菱パジェロ、いすゞのビックホーンなど4WDのクルマが大人気だった。
今では価格が上がり若者が購入することが難しくなった。(2019.4.19 撮影)
大衆車の時代
やっと、お値段も安心の展示になりました。なんとなく親しみが湧きます。(2019.4.19 撮影)
ルノー 5 Renault 5(1979)
ルノー5ターボのイメージが強烈過ぎて、ベースとなったこちらのクルマはいかにも大衆向けでおとなしい。(2019.4.19 撮影)
今では見慣れた樹脂バンパーの先駆けだったのか、逆に金属製のバンパーのクルマなんてめったに見なくなった。
(2019.4.19 撮影)
フォルクスワーゲン ゴルフ Volkswagen Golf(1979)
当時、世界中のクルマのベンチマークとなった車。FFエンジンで2ボックスのハッチバックは大流行となった。
フォルクスワーゲンのゴルフ買っとけば間違いないと、あこがれのクルマだった。(2019.4.19 撮影)
ゴルフが出てから、日本のメーカーも海外のメーカーもハッチバックのクルマばっかりだった。(2019.4.19 撮影)
マツダ ファミリア BD型 Mazda Familia Model BD(1984)
当時日本ではこの車が大流行でした。マツダの5代目のファミリア、特に赤いファミリアは抜群の人気だった。
1種のステイタスになり、赤いファミリア乗ってればモテるみたいな雰囲気だった。(2019.4.19 撮影)
ゴルフと並ぶと、基本の構造が同じなのでよく似てる、ゴルフはそれくらいお手本になる車だった。(2019.4.19 撮影)
オイルショック以後のマツダを救った車がファミリアだった、国内ではトヨタ・カローラや日産・サニーを上回ることもあった。(2019.4.19 撮影)
トヨタ博物館 / TOYOTA AUTOMOBILE MUSEUM 自動車の歴史と進化 ⑫へ続く