京都・大阪の旅 1日目 ⑦ 二年坂から清水寺へ

旅の写真

二年坂(二寧坂)

京都霊山護国神社を後にして、二年坂に来ましたがお墓とは違い賑わっていました。
そりゃあ、そうだろ。
この時はどこを見ても外国の人たちばかりでした。

京都の雰囲気はいつ見てもいいね。
でも、この辺りは昔・・・

三年坂(産寧坂)

三年坂で転ぶと3年以内に死ぬ伝説がありますが、昔この辺りは鳥辺野と呼ばれる京都の風葬地で、この世とあの世の境だった。
その頃は、一般的には死者を埋葬する習慣が無く、飢饉や戦乱・疫病で死ぬ人が多く、死者はこの辺りに放置するだけだったとか、そんなことから生まれたらしいけど。(お決まりの諸説ありです)
坂が多いので、気を付けろと言う忠告の意味もあるとか、無いとか・・・

それにしても人が多いです。
ま、自分もその内の一人なんですが。
この数年後、コロナにより観光客が居なくなるとは知る由もない。

三年坂に「ひょうたん」を売っている店があります、何で京都に「ひょうたん」?と思ったら、京都の人は転ぶと身体から魂が抜けてしまい「ひょうたん」が魂を吸い戻してくれると信じられているからとか・・・
お店を一軒一軒見ていたら一日じゃ足りません。先へ進みます。
京都って見るところばかり、ほんと小さな路地も何かあります。

清水寺

すごい人混みの二年坂、三年坂を歩き、清水寺に到着しました。
写真に写っている狛犬にも、清水寺だけの特徴があるそうですが知らなかったので素通りでした。

目隠しの門 仁王門

御所が見えないように仁王門が作られた説を記入しましたが、最近、仁王門より御所の方が後に作られたらしく、この説明がホントかどうか怪しくなったとか。
どっちが本当?諸説あります。


普通、狛犬は一方が口を開け「阿(あ)」口を閉じている方が「吽(うん)」で「物事や人生、宇宙の始まりと終わり」を表すとか、また狛犬は「犬」ではなく獅子(ライオン)がモデルらしい。
どう見たって犬じゃないよね。
でも、ライオンってどこから伝わったのか・・・
で、清水寺の狛犬はどちらも口を開けていますが、それには訳があるそうです。

祥雲青龍

三重塔

昔の人はすごいね、どうやってこんな建物を作ったんでしょうか。
それが、現在も残っているのがすごい。

1632年に再建だったけど、それでもすごい。
現代の住宅でも、そんなにもたない。現代の建築技術でも何十年で壊れちゃうのに。

天使の梯子と極楽浄土

雲間から差し込む光は「天使の梯子」(エンジェルラダー)とか「天使の階段」とか言われて、幸運の前兆と言われてます。
この旅がきっといい旅になる前触れかも・・・

清水の舞台は有名だけど、なぜあんな高いところに舞台を作ったのか所説ある。
一説には、昔この辺りは鳥辺野といわれる風葬の地だったため、臭いがきつく、そのため清水寺は高い場所に作ったとか・・・昔、京都は魔界の場所だったとも。
科学が発達していない当時の状況を考えると、魔界とか魑魅魍魎の世界が普通だったのでは、でも自分的には好きなんで・・・いろんな説があるから歴史は楽しいのかも。

京都・大阪の旅 1日目 ⑧ あの世との境界 鴨川と鵺(ぬえ)の伝説に出会うへ、続く。

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