岐阜かかみがはら航空宇宙博物館 2018年9月28日 2回目の訪問 前半

航空機

外から見たことあるけど、中の展示を見たことが無い「岐阜かかみがはら航空宇宙博物館」に行きました。
自宅を出発し、いつもの犬山橋を経由して木曽川のサイクリングロードを走ります。

濃尾平野最北端地

途中にこんな看板が、濃尾平野の最北端なんですね、最南端とかあるのかな。
そう言えば濃尾平野のきちんとした境界なんて気にしたことがない。平野の境界ってどこなんだろう。

愛知県側を尾張平野、岐阜県側を美濃平野・・・美濃平野?初めて聞きました。

岐阜かかみがはら航空宇宙博物館

早く行けばいいのに、やっと到着です。航空機だけでなく宇宙の博物館です。

敷地内には、普段見ることの無い機体が間近で見ることが出来ます。

この場所は屋外なので、入場料無しで見学できます。ここまでは以前来た事があります。

バートル107

小牧基地に近い場所で育ったので、子供の頃から飛んでいるのを見てましたが、こんな近くでじっくり見るのは初めて。

近くで見ると、やっぱり大きくて迫力があります。こんな重い物が空を飛ぶなんて・・・。

YS-11

第二次世界大戦後、日本のメーカーが開発した最初の旅客機として有名。
戦後、日本ではGHQ(連合国占領軍総司令部)により民間機を始め、航空機の開発を禁止されていたそうです。
飛行機に乗る機会は数えるほどしかないけど、YS11に一度だけ乗ったことがある。
良かった乗っといて、もう乗れない。

空港の名称が今までに色々変わってるんだ、知らなかったよ。小牧空港、名古屋空港、県営名古屋空港それに小牧基地もあり、ごちゃ混ぜになってます。

US-1A(救難飛行艇)

海に囲まれた日本では、海難事故などの時に絶対必要なのが救難飛行艇。
広い海洋での捜索や、救助活動で活躍しています、荒れる海での着水や離水を見るとホントにすごい性能です。
波高3ⅿでも着水出来るのは世界でも日本の救難飛行艇だけとか。

荒れる海の真ん中でも着水して救助出来る航空機は、この機体だけではないでしょうか。
日本はもっとこんな機体の開発をすれば世界の役に立つのに、機体の生産数が少ないための価格がネックなのかな。
価格以外にも、高性能を維持するための整備や運用に高い技術が必要とされるのも理由とか。
海外にも救難機はあるけど、着水可能波高や着水距離、離水距離などは日本が圧倒している。

この機体の構造が波高3mでも着水できる秘密、波高3mで着水出来て、短距離で離水できる飛行艇は世界でも日本だけにしかない。(何度も言うくらいホント凄いんだから、自分が作ったわけでもないのに・・・)

平成25年6月21日、宮城県金華山沖約1200㎞の地点でヨットで遭難したニュースキャスターの辛坊治郎氏ら2名を荒れる太平洋で救助したのは後継機のUS-2です。
US-1とUS-1Aだけでも患者輸送、洋上救難で909回出動し、827名救助したとか。
後継機のUS-2と合わせると、飛行艇は1000回以上出動し、1000人以上を救助しているそうです。

P-2J(対潜哨戒機)

海中の潜水艦を探知するために、開発されたのが対潜哨戒機、しかし潜水艦の能力が向上すると探知するのが難しくなっていった。

目視で探す?見える?

どっちに居ればいいのかな?

どんな武器が装備されていたのでしょう。魚雷や対潜爆弾とかだったらしい。

屋外の展示見るだけでも、見るものが大きいサイズなので時間が掛かります。

やっと中に入ります。外から見ても建物がでかい。

中に入ると、テレビや本で見たことのある機体、有名なライト兄弟の飛行機の元祖が飛んでます。

誰でも知ってる、一度は見たことがあるライト兄弟の飛行機の復元模型が目の前に。

1903年に初めて飛んだ飛行機は、やがてエンジンを装備、ジェットエンジンになり世界中で飛ばない日は無い。

ここを訪れて数年後、サルムソンて自動車メーカーをは知ることになるが、航空機も作っていたんだ、知らなかった。

昔は各務原飛行場と呼ばれていたのか・・・。

九二式重爆撃機

日本にもこんな大きな爆撃機が有ったんだ、その名も重爆撃機、まさにモンスターじゃないですか。

試作1号機の試験飛行が各務原飛行場で行われ、6機まで制作されたが時代遅れとなり実戦には投入されなかった。
最初からこんなのが有ったら、歴史は変わっていた?

こんなでかい爆撃機が来たら、逃げようがない。ライセンス生産とはいえ日本にもこんな大きな機体を作る技術が有ったんだ・・・

飛燕

飛燕、名前を聞いたことはあるが実機を見るのは初めて。
色んな経緯を経て、ここ各務原に戻ってきた。

実際に飛んでいるところを見たことはない。
完全な姿は世界にこの一機だけしか存在しないとか。
なんだかここだけ異空間のようだ。

当時の日本で唯一の量産液冷戦闘機、1944年(昭和19年)からの本土防空線ではB29を160機撃破(うち撃墜は70機)したとか。

全幅12.00m 全長8.75m 全高3.70m 最大速度592km/h 高度4860m 巡航速度400km/h 高度4000m

着陸速度126km/h 実用上昇限度11600m 航続距離標準600km 航続距離最大1100km 

「飛燕」は型式名称「キ61」、川崎航空機(現・川崎重工)が太平洋戦争中に開発した戦闘機

各務原で一番多く製造されたのが飛燕だったのか。

数奇な運命の飛燕

よくこの形で戻ってきたね~。戦後GHQは日本軍の兵器を破壊していたみたいだから。

零戦(零式艦上戦闘機)

誰もが知っている有名な戦闘機と言えばこの「ゼロ戦」です。

歴代の有名な戦闘機が並びます。

戦争初期にはアメリカ軍は「ゼロとドッグファイトするな」とか「零戦と積乱雲を見つけたら逃げろ」とかの指示をするほどだったが、弱点を見つけられ、戦闘方法が研究されてからゼロ戦は苦戦することになったみたい。

初めて見る屋内展示の機体たち

今回初めて岐阜かかみがはら航空宇宙博物館の中に入りました。
岐阜基地や博物館の前は何度も通っていたのに、なぜか中に入ることは無かった、なんで入らなかったんだろう?

KAT-1(おおよど)

ここからは近代的な飛行機の展示になります。

UF-XS

 先ほど屋外の展示で見た、救難飛行艇の研究の為にアメリカからグラマンUF-1アルバトロス飛行艇の供与を受けてUF-XS実験飛行艇を製作した。
 研究の為に魔改造され原型をとどめていない程らしく、内側のエンジンは3枚のプロペラで外側のエンジンは2枚のプロペラになってます。
UF-XS実験飛行艇はPS-1飛行艇開発の目的でただ1機製作された希少な機体だとか。

大きな機体の下に小さな飛行機が・・・。
このフロアには近代的な航空機がたくさん展示されてます。

岐阜かかみがはら航空宇宙博物館 後半に続く。

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