トヨタ博物館 / TOYOTA AUTOMOBILE MUSEUM  自動車の歴史と進化 ⑩

車に関する事

ロータス エリート Lotus Elite(1961)

 ロータスと言えばイギリスの自動車メーカー、コーリン・チャップマンが創業者。
 軽量化のため、金属製のフレームではなくFRP(繊維強化プラスチック)によるモノコック構造、しかし、高価格で品質と信頼性が低く、販売は思わしくなかったとか。アイデアはよかったのに・・・。(2019.4.19 撮影)

 本田宗一郎も購入したが、どうやら研究のためみたい。
その後のホンダS600のダッシュボードや計器類に、その影響がみられるという。(2019.4.19 撮影)

 車重が軽く、抜群のパフォーマンスだったが、問題も多く長くは続かなかったみたい。
1961年はケネディ大統領が就任した年、日本ではパブリカを販売しているときに、イギリスではこんなスポーツカーが開発された。(2019.4.19 撮影)

トヨタ スポーツ800 UP15型 Toyota Sports 800 Model UP15(1965)

 「ヨタハチ」の愛称で呼ばれた「トヨタ・スポーツ800」。
 パブリカのコンポーネントを利用し、空力に優れ、空冷2気筒水平対向エンジン、軽量だったので燃費もよく、それがレースでの強みだったとか。(2019.4.19 撮影)

ヨタハチと伝説のレーサー「浮谷東次郎」

 隣にトヨタを代表するスポーツカーが並んでます。赤いボディがカッコイイ「ヨタハチ」。
 ヨタハチで有名なのが昭和40年(1965年)7月18日の船橋サーキットのレース、「浮谷東次郎」は5周目にクラッシュして最下位まで順位を下げるが、そこから驚異的な追い上げを見せ、23周目についにトップに立ち優勝してしまいました。

 このレースで伝説になった浮谷東次郎だったが、翌月8月20日、鈴鹿サーキットで練習中、コース上に二人の人影を発見し、二人を避けてハンドルを切り、その後コース上にあった4本の水銀灯を3本目まで避けたが4本目が避けきれず激突、翌日8月21日わずか23年で生涯を終えた。

 生前、東次郎は母親から「人を殺すか、自分が死ぬかのとっさの時は、自分の死を選べ」と教えられていたとか。それが影響したかはわからないが・・・(2019.4.19 撮影)

 浮谷東次郎は旧家の生まれで、超ボンボン、中学生の時、親に買ってもらったドイツ製のクライドラーのバイク(当時は14歳で免許が取れた)で千葉の市川から大阪に一人旅に出かける。
 その当時、外国製のバイクに乗り、一人旅に出かける自分がなんとも誇らしく自慢だった、しかし途中の道端で、自分より年下の少女がスイカを売っているを見る、そこでふと思いが湧く。
 すべて他人の力で旅をする自分とスイカ売りの少女・・・
先ほどまで自慢げだった自分・・・。

 その後の生き方は随分変わっていく、金持ちの息子から自立する東次郎、それが書籍になっています。
 浮谷東次郎の話を書くと、つい長くなってしまいます、興味がある方はネットで検索してみてください。
「浮谷東次郎」の短くも熱い生涯の一端が判ると思います。
 その当時のレースに関わった人たちが、現在も車作りやレースなどの世界で活躍されています。

 浮谷東次郎が乗って有名になった「カラス」(ホンダS600)を制作した「林みのる」はその後、「童夢」を設立し、「童夢-零」「ジオット・キャスピタ」の制作やルマンに挑戦したり現在も活躍している。
 また、林みのるの友人でレーサーだった鮒子田寛は日本人で初めてF1やルマン24時間に挑戦、浮谷の友人の本田博俊はその後「無限」を設立するなど、日本のレース界に大きく関わっている。(2019.4.19 撮影) 

トヨタ 2000GT MF10型 Toyota 2000GT Model MF10(1969)

 車好きなら、説明が要らない日本が誇るスーパーカー「トヨタ2000GT」。
 映画「007は二度死ぬ」で、ボンドカーになったことで有名です。(実際にはボンドの愛車では無く、登場した)
 映画に使われた車両はオープンカーで、展示車両とは違います。(主演のショーンコネリーが大柄なのと、カメラアングルの関係で急遽オープンカーに改造されたとか)(2019.4.19 撮影)

 映画の為に作られたオープンボディは2台あり、そのうちの1台がトヨタ博物館に収蔵されているとか。
 残りの1台も、コレクターがボロボロの状態で放置されていた車両を引取り、レストアし、保管している。(2019.4.19 撮影)

 このエンブレム七宝焼で作られてます。下の部分はチェッカーフラッグになってます。(2019.4.19 撮影)

 さすがトヨタを代表する車なのか、この2台は展示が特別です。(2019.4.19 撮影)

 当時の販売価格は238万円で、クラウンが2台、カローラなら6台分くらいだったが、手間とコストがかかり売れば赤字になるとか。
 試作車を含め337台が作られた。(これ以上作ると赤字が増えるだけになっちゃうよ・・・)

 やっと世界的に認められるスポーツカーが日本に誕生した。
 6時間、12時間、24時間、48時間、72時間の走行時の平均速度、1000マイル、5000マイル、10000マイルでの平均速度など、トライアルの種目で3個の世界記録と国際記録を13個樹立(2019.4.19 撮影)

 エンジンの開発にはヤマハの協力があり完成しています、現在では2000GTの実車を見る機会は少なくなってきました。(2019.4.19 撮影)

いすゞ ベレット 1600GT PR90型 Isuzu Bellett 1600GT Model PR90(1966)

 車好きなら「ベレG」で判る、いすゞの「ベレット1600GT」
 1964年4月に登場、流線型のフェンダーミラーは「ベレGミラー」と呼ばれた。(2019.4.19 撮影)

 いすゞの社名は三重県の伊勢神宮の五十鈴川にちなんで「いすゞ」になったとか、何か関係ある?
 ベレットに関係ないけど・・・、気になる。(2019.4.19 撮影)

 日本で初めての「グランツーリスモ」がベレットだったのか、しかもベレットの由来が上級車の「ベレル」から来ているとは初耳だった。(いすゞベレルなんて車あったんだ)(2019.4.19 撮影)

ニッサン シルビア CSP311型 Nissan Silvia Model CSP311(1966)

 日産・シルビア(初代/CSP311型)車名はギリシャ神話の女神からつけられ、ボディは「クリスプルック」と呼ばれ「宝石のカット」とも言われたとか。
 あまりにもシャープなボディラインのためプレス機の限界を超え、ボディ専門メーカーが手叩きで仕上げたんだって。(2019.4.19 撮影)

 確かにフロント周りなんか鋭く鋭角でサイドにつながるラインも綺麗(ぶつけたら大変だ)。
 当時のフェアレディSP311 (1600)が88.6万円だったのに比べ、シルビアは120万円と高価格で総生産台数は554台と少なかった。(2019.4.19 撮影)

販売台数が少ない貴重な車を寄贈してくれた加藤氏に感謝。(2019.4.19 撮影)

マツダ コスモスポーツ L10B型 Mazda Cosmo Sport Model L10B(1969)

 マツダと言えば「コスモスポーツ」のイメージが強いのはちょっと古い車好きかも。
 コスモスポーツには前期型のL10A型と後期型のL10B型の2タイプがあるんだって。(2019.4.19 撮影)

 ロータリーエンジンでこのプロポーション、唯一無二の独特なフォルムです。見るからに速そう。
 ロータリーエンジンを4輪で市販化したのはドイツのNSUとマツダだけ。

 昔、2輪でもスズキがRE-5というロータリーエンジンのバイクを発売してましたが、ホンダやカワサキ、ヤマハも開発していたそうです。(スズキ以外でも開発していたのは初耳だった、また一つ・・・うふふ)(2019.4.19 撮影)

 コスモスポーツはリアデザインも独特で、写真には写ってないがリアランプがバンパーを挟み4灯ある。
写真撮り損ねた・・・。(2019.4.19 撮影)

 「帰ってきたウルトラマン」のMATの専用車「マットビハイクル」で使用されてました。
 普通、特撮などで使用する場合、改造されて出演しますが、元々未来的なフォルムなためか、ほぼ原形でカラーリングだけで出ていたので、街中で見ると同じ車が走っているような気がしました。(2019.4.19 撮影)

 飛ぶ感じ・・・マツダのロータリーはいつか復活する?今でも研究はしてるみたいですが。
 サーキットでも独特なサウンドはまるで菅楽器のようだと言われてました。(2019.4.19 撮影)

トヨタ セリカ TA22型 Toyota Celica Model TA22(1970)

 スペシャリティーカーを定着させた車が「セリカ」、当時子供だったのでセリカは普通のクルマとエンジンが違うらしいくらいの知識だった。DOHCなんてしらなかった頃のクルマです。(2019.4.19 撮影)

 「ダルマ」なんて呼ばれてましたが、なんで「ダルマ」?どこが「ダルマ」なんでしょう?
 なめらかな曲線だからとか、フロントバンパーがダルマの鬚に似てるとかの説が。(2019.4.19 撮影)

 1600GTはヤマハ製2T―G型DOHCエンジンを搭載(子供の頃、エンジンが違うと言ってたのはこれだったのかも・・・なんも知らんかったからね)(2019.4.19 撮影)

フォード マスタング Ford Mustang(1964)

 フロントグリルの馬のエンブレムを見ると「マスタング」と思うのは自分だけ・・・かな(2019.4.19 撮影)

 アメ車ってアメリカ映画などで警察に追われ、ボロボロになっても走る車のイメージが強く、壊れても進む頑丈な車だと思ってた。(きっと最後はどこかにぶつかって止まるんだけど・・・勝手なイメージ)(2019.4.19 撮影)

 ポニーとは小型の馬の事で、乗馬を始める前に乗る前の子どもに与えられる仔馬。
 若者が初めて乗る車がポニーカーと呼ばれたそうです、アメリカでは初心者が乗る車・・・めちゃ立派なんですけど。(2019.4.19 撮影)

トヨタ博物館 / TOYOTA AUTOMOBILE MUSEUM  自動車の歴史と進化 ⑪へ続く

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